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松江地方裁判所益田支部 昭和50年(ヨ)7号 決定

債権者 沖田芳喜

〈ほか六名〉

右債権者七名訴訟代理人弁護士 高野孝治

同 野島幹郎

債務者 社会福祉法人七光保育所

右特別代理人 出会招

主文

債務者は肩書地に所在する七光保育所の閉鎖を続行してはならない。

申請費用は債務者の負担とする。

理由

(債権者らの申請の趣旨及び原因)

一、主文第一項同旨の仮処分を求める。

二、原因

(一)  被保全権利

債務者は、昭和三〇年(以下昭和の年号を省略する)代の始め頃から存在していたが、四三年三月頃、島根県(以下県と言う)知事の認可を受け、児童福祉法に基き正式に設立され、四四年五月その肩書地に約四三〇平方メートルの施設を建設し、引続き児童保育の業務に従ってきたものであり、債権者らは、それぞれその子女を債務者の保育に委ねた保護者であるから、債権者らは債務者に対し、右約定の趣旨に従い保育するよう請求する権利を有するものである。

(二)  保育所閉鎖の事実及び閉鎖に至った経緯

債務者は五〇年八月一日県知事の承認を受けないで保育所を閉鎖し現在に至っているが、閉鎖に至った事情はほぼ次の通りである。

(1) 四七年頃、債務者に雇用されている保母五名、調理士一名は、他の私立保育所の保母らが組織している六日市町保育所労働組合(以下組合と言う)に加入し、四九年七月には県地労委に労働協約の締結を求めて斡旋を申請し、右地労委は協約を結ぶよう勧告したが、債務者はこれを拒否し、現在まで賃金基準や勤務時間は文書化されていない状況にある。

ただ、右地労委の斡旋の過程で、債務者は、賃金基準等の設定は就業規則に委ね、かつ、町の補助金と引替えに賃金増額も考えると述べ、四九年一一月就業規則案を提示した。

(2) その後、五〇年七月八日、団交の席上、組合側が、右就業規則案に基本的に同意する旨回答したところ、債務者は、故なく右就業規則案を撤回し、従業員全員を解雇すると述べた。

(3) かくして前記の如く、同年八月一日、保育所が閉鎖されるに至ったのであるが、右違法閉鎖を重視した県では、水津社会福祉部長を現地に派遣して、債務者理事らを説得したところ、「七月三一日、所長が辞めたので開けないが、早急に所長を見つけて開く」などと答えた。

しかし、真実は、債務者が所長を解雇したのであって、保育所を開く意思さえあれば、何時でも開けるわけであるから、右回答は、逃げ口上に過ぎないのである。

また、県が試みた県、六日市町及び債務者の三者会談では、八月二一日に保育所を開くとの結論が出されたと伝えられたが、同日にも開かれなかった。

(4) この間、債務者側は、父兄会を開いて保母転任の気運を盛上げ、その趣旨の署名集めなどの運動を進め、他方、保護者側には債務者に保育所再開を要求する声も日ましに強くなりつつある。

また、保母らの要求にも拘らず、債務者は五〇年八月分の給料を支払わず、益田労働基準監督署が調査に着手している状況である。

(三)  保全の必要性

以上の次第で、債務者経営の保育所が閉鎖されたのであるが、これによって債権者ら保護者は相当な損害を蒙っている。

即ち、債権者の殆んどは共働きであるが、保育所閉鎖のため夫婦が交替で勤めを休んで子供を世話するなど不正常な生活を強いられ、ひいてはその生活水準の切下げの恐れもあるわけである。

また、児童にとっても、保育所の保育は、教育の前段階であり、その基礎として重要であって、都会と違って他に適当な保育施設を求めえない債権者らの居住する山村にあっては、至急に保育所が再開されなければ、債権者らの子である児童の受ける損害も極めて甚大である。

(当裁判所の判断)

一、被保全権利

≪証拠省略≫によれば(以下事実認定について同じである)、二七年頃より債務者の前身たる保育所が開設されていたが、四三年三月厚生大臣の認可を得て社会福祉法人となり、同月二九日その登記を了し、七光保育所を経営しているものであり、現在七四名の児童の保育に従事していること、債務者経営の本件保育所に入所する児童は、全て児童の保護者において六日市町(以下町と言う)に申込み、一定の審査を経たうえ、児童福祉法(以下単に法と言う)二四条本文のいわゆる措置入所の手続によっており、保育料は保護者において町に払込んでいること、債権者らは何れもその児童一名ないし二名を債務者経営の本件保育所に入所させ保育を受けさせている者であること、の各事実が一応認められる。

ところで、債権者らと債務者との間の法的関係であるが、前記認定の事実によれば、児童を保育するいわば保育契約は、債権者らと町との間で成立しているかの如き外観を呈しているが、法的には、保護者たる債権者らと債務者との間で私的な保育契約が成立しているものと解せられる。

何となれば、法三九条一項には「保育所は、日々保護者の委託を受けて……保育することを目的とする施設である。」と規定されており、もし町と保護者との間の契約に基き、町が債務者に保護者の児童の保育をさせているとすれば、町と債務者との間で委託契約書の取交し等の手続もなされているはずであると考えられるが、そのような手続は採られていないと認められ、更にまた実質的に考慮しても、直接保育の任に当る保育所と保護者の間の契約と構成する方が、保護者と町との契約及び町と保育所との間の契約と言う二本立にするより遙かに簡明であるからである。

そして、保護者が町に対しその児童の保育所への入所を申込むのは、町長など措置権者が措置の必要の有無の判定、国庫、市町村等の負担金の算定(法五一条、五三条、五五条)、ないしは児童の保護者等からの費用の徴収(法五六条)等をなす便宜のために過ぎないのであって、措置権者は保護者ないし児童のため保育所に対し、保護者との間で児童を保育すべき契約の締結を強制する(法四六条の二)ものと解せられる。

従って結局、債権者らと債務者との間には児童を保育すべき契約(準委任)が成立しており、該契約の趣旨(児童が心身ともに健やかに育成されること〔法一条〕)に則り、それぞれの児童の保育を善良なる管理者の注意義務を以て履行すべきことを請求しうる債権を有しているものと言わねばならない。

二、保育所閉鎖の正当事由

債務者が、五〇年八月一日より、県知事の承認を得ないで、その施設たる七光保育所を閉鎖し現在に至っていることはその自認するところであるので、右閉鎖に正当事由があるか否かについて判断する。

まず、右閉鎖に至った経過についてであるが、細部については当事者間の主張は食い違っていて、必ずしもその真相は明確でないが、概略を述べれば、四七年頃、債務者に雇用されている保母、調理士らが六日市町保育所労働組合に加入し、債務者に対し労働協約の締結を要求したことから、債務者と保母らないしその加入組合との間に紛争を生じ、その後県地労委の斡旋もあり、四九年一一月には債務者において就業規則案を提示するに至ったが、五〇年七月八日の団体交渉において、協議は決裂し、債務者は保育所経営を町に返上したい旨申入れるなどの経緯もあって、同年八月一日保育所に施錠してこれを閉鎖したものであると一応認められる。(なお、右閉鎖後も県の調停斡旋などもあったが効を奏せず、また保護者ら及び地区住民の間でも意見が分れ、即時開所を要求する動きと、他方、余り権利を主張し過ぎる保母がいる状態では児童を委託しえないとする動きがあると認められる。)

さて、以上認定の事実によって考えると、債務者の本件保育所閉鎖は、いわゆるロックアウト宣言もないので、ロックアウトとは認められず、また正当なロックアウトの要件が具備しているとの疎明もないし、その他首肯するに足る閉鎖理由も見出し難く、要するに客観的には、労使紛争に嫌気がさして保育所経営を休止しているものとしか評価しえないものであって、到底、正当事由による閉鎖とは認められないのである。

従って、債務者は債権者らの児童を保育すべき債務を違法に遅滞しているものと言わねばならない。

三、保全の必要性

次に保全の必要性について判断すると、保育所への措置入所は「保育所入所措置基準」(三六年二月厚生省児童局長通達)によれば、母親の居宅外労働、母親のいない家庭、母親の出産・疾病その他の理由で児童の保育に欠ける場合に限るとされており(また事実、保護者らは共稼ぎが多いと認められるが)、本件保育所の閉鎖が債権者らに甚しい損害を与えていることは推定するに困難でないし、さらに重大なことは、他に適当な代りの保育所もない債権者ら居住地域における(この点は債務者も認めているところである)債権者らの児童が、長期の保育所閉鎖により適当な保育を受けられないでいることにより著しい損害を受けていることは、殆んど贅言を要しないところと考えられるのであって、これらの継続する著しい損害を避けるため、速かに債務者は保育所の閉鎖を解き、保育業務を再開せねばならないと考えられる。

よって、債権者らの本件申請を相当と認め、これを認容し、申請費用の負担につき民訴法八九条に従い主文のとおり決定する。

(裁判官 古田時博)

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